小さな村の家族 - Bakas, Bali.
バリ島・バカスの田舎を散歩していた私たちの目の前に、立派な寺のような建物が何度も現れた。
ローカルの人に聞くまでは、それが何か特別な施設なのだとばかり思っていた。村を歩くたびに現れる立派な建物に、その土地の文化の深さを感じていた。けれど、それが Sanggah(サンガ)と呼ばれる家寺で、多くの家に備わるものだと説明された時は、思わず声が出た。

そう説明してくれたのが、アリとシンディである。
出会ったばかりにもかかわらず、私たちを快く家に招き入れてくれ、バリの習慣や行事について教えてくれた。近々、その家で生後3ヶ月、正確には105日を迎える娘の儀式 Telu Bulanan が行われることも、その時に話してくれた。
少しだけバリのことを知った私の目にうつる景色は、より奥深く濃いものになっていた。
ココナッツの農園というわけではないのに、ココナッツが豊富にあり、飼われている鳥が自由に歩き回り、農が景観をつくるように田が広がっている。そんなバリ島の自然と文化が息づく村・バカスで暮らす彼らの柔らかな物腰にふれ、この地の美しさがいつまでも受け継がれてほしいと願った。
陽が傾いている空を見上げると、凧が上がっていた。それも、とても高い位置に。バリのどんな建物よりも高く、夕方の光の中で、村から空へ一本の細い線が伸びているようだった。。近所の子どもたちが凧揚げを楽しんでいる光景を眺めながら、その高さについて聞くと、凧糸の長さが100mあるのだと教えてくれた。
美しい棚田もそうであるように、人の営みがつくる景色には、心を落ち着かせる力がある。
子どもの頃の思い出に浸るように、空の模様を眺めていた。
次の日、アリとシンディに私たちのキモノフクを着てもらい、撮影することになった。
太陽の光が傾き始めた頃、緑の中で輝くように胡蝶蘭が咲いていた。昔、花屋で働いたこともあったが、初めて胡蝶蘭が綺麗だと感じた。着物の模様にも多く見る蘭が、強い光に照らされて透け、はっきりとした紫の色を帯びていた。
その横でシンディに着てもらったのは、紺地に椿が描かれたドレス。縮緬のテクスチャが、この光の中では特にいきていた。
アリは、淡い若葉色のシャツを着た。光の当たり方によって表情が変わって見えるのは、その生地の立体的な織りのためだろう。自然に溶け込みながら、少しだけトーンが異なる。
白地に赤の花が咲くヤマユリのドレスを着るシンディと、大きなバナナの葉。夕陽が差し、バナナの葉に彼女の姿が写る。その影に、ワヤン・クリを思い出した。
陽と木々や建築物がつくり出す、地面や壁に映る影。バリで印象的だった景色のひとつである。さんさんと輝く陽があり、ココナッツの木より低い建物が多く、夕陽を遮らないからなのだろう。
もしかすると、影絵もこの土地では見慣れたメディアなのかもしれないと、ふと考えた。

沈みゆく陽が生む、わずかな光源も好きだ。その頃になると、線香を焚いていたり、有機物を燃やしていたりする光景をよく目にした。その空気感が、あたりを少し幻想的にする。
着物を意識した茶のハオリドレスを着るシンディ。そしてアリは、着物であった麻のシャツを纏う。
この時間の微かな光と、衣服の深さ、彼女の肌の質感が程よく馴染んでいた。夏紬の生地にはシャリ感があり、バリの夕暮れ時の気候にも無理がない。
日本の夏も湿気が多く、また暑い分、夏用の生地は素肌に触れると快適である。彼らもまた、その素材感に感動し、嬉しい言葉を私たちに伝えてくれた。
その姿に心地よさを感じながら、シャッターを切った。
数日後、バリの正装で彼らの娘の Telu Bulanan に参加した。
儀式は、家族のあたたかな雰囲気と共に行われた。
バリに滞在している間に、異なる3つの儀式に参加したが、すべてに共通していたのは、高位聖職者であるスリンギによる祈りが捧げられていながらも、和やかな雰囲気があり、皆が自然に参加していることだった。生きた慣わしというのが相応しいのだろうか。共有することへの喜びが、そこにはあった。
家族で伝統的な正装を着用していて、同じ生地を使った揃いのコーディネートであったことも印象に残っている。

バカス周辺の地域には、高い建物がほとんどなく、村が過度に密集することもなく、ゆるやかに広がっていた。バイクで道を走っていても、家々の塀や建物に圧迫されるような感覚は少なく、空や緑、人の暮らしの気配が、ほどよい距離を保ちながら続いているように感じられた。

バリ島は、世界中から人が訪れる有名な島である。観光地化された場所も多く、そこに暮らす人々も、自分たちの島が外からどのように見られているのかを知っているのだと思う。
それでも、バカスで過ごした時間には、観光のために整えられたものとは違う、暮らしそのものの穏やかさがあった。人々がその土地にいることは、慣わしとして仕方なくそこに留まっているようにも見えず、ただ田舎で土地があるから広々と暮らしている、ということでもないように思えた。

そこには、土地や家族、風習、自然との距離を大切にしながら、その場所で生きることを静かに引き受けている人たちの姿があった。外の世界を知りながらも、日々の暮らしの中にある豊かさを手放さずにいること。旅を終えて写真を見返すと、バカスの開けた空や、緑の道や、そこに立つ人の眼差しの中に、そんな静かな強さが残っているように思えた。

*バリでは、生後105日を迎えると「Telu Bulanan(トゥル・ブラナン)」と呼ばれる人生儀礼が行われます。バリ・ヒンドゥーの世界観では、生まれたばかりの赤子は、まだ祖先や神聖な世界とのつながりを色濃く残す存在と考えられています。この儀礼は、子どもが初めて大地に触れ、人々の暮らす世界へと迎え入れられる大切な節目です。
**「ワヤン・クリ(Wayang Kulit)」と呼ばれる伝統的な影絵芝居が今も受け継がれています。灯りに映し出された影を通してラーマーヤナやマハーバーラタなどの神話や叙事詩を語るこの芸能は、単なる娯楽ではなく、寺院祭礼や人生儀礼とも深く結びついた、バリの精神文化を象徴する存在のひとつです。


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