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小さな村 - Bakas, Bali.

衣と人々

ココナッツやバナナ、名前を知らない大きな葉。 陽がさんさんと降り注ぐ熱帯の地に、植物たちはそれぞれの速度で、伸び伸びと枝葉を広げていた。

バリのココナッツの葉

バリ島にある小さな村、バカス(BAKAS)。
観光地として知られるエリアから少し離れると、そこには、少し静かで生き生きとした日々の暮らしがある。道の脇には濃い緑が重なり、程よく幅のある水路では水浴や洗濯をしていたり、鶏や犬、猫が散歩していたり、誰かの話し声が聞こえてくる。バカスは、強い日差しの下にありながら、心地よさが感じられる小さな村である。

その村で生まれ育ったひとりの青年、ユーディに出会った。

仕事するバカスの青年ユーディ 夜明けの光に線香の煙が揺れる、ユーディの親戚の家寺
青年ユーディと夜明けのわずかな光と踊るインセンスの煙

彼に村のことを尋ねると、少し照れたように笑いながら、快く教えてくれた。よく見かける立派な建物のことや、村から近い彼のおすすめの場所。また、その地の風習や普段どんなふうに過ごしているのか。ゆっくりと陽の沈む頃、慣れないワードを必死に覚えながらその地に根付く文化の輪郭を頭の中に描いていった。

彼との会話しているうちに、後日、彼にキモノフクを着てもらい、撮影をすることになった。

バリ・バカスのピースフルな一本道

私は彼の話を聞きながら、時折カメラを向けた。
レンズ越しに見る彼の姿は、風景から切り離された被写体ではなく、むしろその土地の光や緑と馴染んで見えた。

撮影をしている途中、彼はふと道の脇の植物に目をやり、あたりに生えていた柔らかな蔓を摘んだ。そして、何気ない手つきで、自らの長い髪をまとめ、その蔓を飾るように巻きつけた。

その仕草が、バカス・バリの人々の日常を想わせた。

キモノフク・ゆえシャツをまとうユーディ。道端の蔓を自らの髪に巻く。 バリでよく見かける、像への花の装飾。
蔓で髪を結うユーディと、村でよく見かける像へのお花の装飾

バリでは、家の中にある石像の耳や頭部分に花を飾っていたり、儀式に参加した時も、よく花を耳や頭に飾りつける光景を見ていた。その仕草は、彼には自然で、私には新鮮であった。また同時に、私の祖父のことを思い出した。祖父もまた、道にある蔓を摘み、持っていた物を持ちやすくするために、束ね使っていた。意図して作り出された素材ではない、そこにあるものを手に取り、身につけたり、使う。小さなことが、忘れていた感覚がよみがえらせてくれた。

バナナの葉に囲まれるユーディとキモノフク

ユーディに着てもらったのは、唐草の総柄のゆえシャツ。茂る植物の雰囲気がバリの空気によく馴染む。

着物にも植物の絵柄のものが多くある。それは、バリのイカット ENDEK にも共通してる。それも美しい花ばかりではない。植物が生き生きとしていたり、デフォルメしたものも多くある。その新しくとも見慣れたような光景に心地よさを覚えながらシャッターを切った。

大きなクワズイモの葉とユーディの目 クワズイモの葉の上で、輝くような水玉
大きなクワズイモの葉とユーディの眼差し、水玉の輝き

ウェーブした彼の髪に、緑の蔓が静かに添えられている。
道端にあった大きなバナナの葉を携え、近所を歩く彼を撮る。何かを特別な装飾を買い足すのではなく、そこにあるものとともに。バナナの葉は、食べ物を包んだり、傘代わりに用いたり、また儀式の後のみんなで頂くバビグリン(Babi Guling)に集まるハエから守るように仰いでいたり。実に用途がさまざま。加工というのも、人の持つ素晴らしい知恵の一つだが、素材をほぼそのまま生かすのもまた、清々しい。

バナナの大きな葉を携えるユーディの後ろ姿 バナナの大きな葉を携えるユーディと彼の住む村バカス
陽の沈むころ、緑豊かなバカスの村とユーディの姿

そんな記憶のバナナの葉を見ながら、その地の豊かさ、そしてバリの田舎に流れる暮らしの豊かさを感じた。

豊かであるという感覚が、私の中にもやさしく染み込んでくるような空気の中で、自然との距離が近い村で撮影できることに感謝でしかなかった。異国であっても、私たちの国にも共通するような「人と自然の距離感」に、不思議な繋がりがあるように思えた。

バナナの大きな葉を携えるユーディの手 キモノフク・唐草柄のゆえシャツを着て、バナナの大きな葉を携えるユーディ
大きなバナナの葉を携えるユーディ

日本で受け継がれてきた着物から生まれた服が、バリの光や風の中でどのように見えるのか。それを見てみたいと思っていたが、実際とても馴染んでいた。彼自身、職業がモデルなわけではない。バカスで暮らす、ひとりの青年である。そんな彼に日本で生まれリメイクされた衣服に袖を通してもらっているのだ。そうでありながら、目に馴染む光景が広がっている。

彼の佇まいが、その風景に溶け込んでいるように思えたのは、彼がモデルとしてそこに存在していたからではなく、そこに生きていたからだろう。

ココナッツの葉を編み込んでハンドメイドされたファーマーの帽子トピアニャマンバリ|Topi anyam baliを被り、着物のアロハシャツを着るバリの青年

5月のバリの田圃の風景 クワズイモの葉を持つ、着物リメイクのアロハシャツ(ゆえシャツ)を着るユーディ
5月のバリの田んぼと、唐草のゆえシャツを纏うユーディ

旅を終えて写真を見返すと、ユーディの眼差しから、田畑や川、空、人などが混じり合う空間の豊かさを理解できたような気がした。

唐草のゆえシャツ

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