江戸ファッション×多様性|リカイトウのイラスト連載 #02

こんにちは!

TSURUTOインターンのリカイトウです。
連載第2回目は「江戸ファッション×多様性」がテーマです!


今回なぜこのテーマを選んだかというと、
私は現代の着物の取り扱われ方対して、「なんか堅苦しくて着こなしに自由度が少ないな」と感じているから。私は今年になって古着着物について興味を持ち始めて、着物の色柄の多様さや、大量生産品ではない手縫いや、細部のディティールの細かさに「これはすごいな」と感じたのです。

しかし、古着着物の有効的な活用方法がないことが問題となっています。
私はファッション産業の廃棄問題についての知識をかじっていたので、「柄や素材の素晴らしいこれらをよりよく再生して、別のイケてる服や物にできないんだろうか?」と思ったのです。しかし、着物を着ている人は私の周りを見てもすごく少ないし、着崩して着ている人なんてもってのほか。

なんでだろう?と考えたときに真っ先に思い付いたのは、
「着物は着るときのルールが強固そうで、着崩したら人からチクチク言われそうで怖いな」という空気です。私は着物リサイクル店や骨董市の着物を取り扱う売り場に一人で入ることが多いのですが、その時に何度か、視線にヒヤッと冷たいものを感じることがありました。
そこで、「着物警察」と呼ばれている人たちがいるということを思い出しました。
参考:https://toyokeizai.net/articles/-/259293 

私は上記記事を見て、着物警察の方々としては、「着物は日本の伝統文化でしょ、それを着崩すのは日本文化を壊してしまうからダメ!」という主張をしたいのかしら、と私は思いました。


そこでふと思いついたのは、「日本の伝統はそんなに昔からずっと変わらないものなのか?そして変えてはいけない絶対不可侵なものなのか?」という考えです。
私は着物が閉じた文化で終わってほしくないし、
着物をもっとフランクに、現代のライフスタイルに合う形で広めていってもいいのではないか?と思うのです。


なので今回は、着物を日常的に着ていた江戸時代までさかのぼって、江戸時代のファッションの多様性を垣間見ていきましょう!


〈江戸’s ファッション〉

和の衣のカルチャー
ここからは私が調べて気づいた、江戸ファッションの面白い点を紹介していきますね。
江戸ファッションの概要というよりは、柔らかくて面白いと思ったポイントなので、気になったら下記参考文献やサイトをチェックしてください!




・着物が主流なので着物流行が中心の流行があった。 
 流行が発生し、流布するプロセスは現代のファッションと似ていて、歌舞伎役者や遊女が、流行を発生させ、けん引するファッションリーダ-としての役割を担っていたみたいです。
 しかし、現代のように仕掛け人がいて、TV、雑誌、ネットを通じてはやらせるような高度なものではなく、偶発的流行が主流でした。
 令和始まってこれからも、個人がどんどん強くなっていく時代なので、江戸時代のように偶発的流行の割合が多くなっていくのかも?と思いました。 例えば、現在結婚式で結われる「島田髷」は、東海道島田宿の遊女or歌舞伎役者・島田花吉のどちらかから始まったと言われています。

あとは年ごとにはやりの羽織の丈が変わったり(ひきずる丈から腰までのジャケットのような丈まで!)したのですが、これは呉服屋の販売促進策だったのかも?

人気ブランド品のパチモンも出回ってて、晴れ着に人気の薩摩かすりは越後で偽物が生産されてたとのこと。。

こう考えると、着物=高級品というよりは、日常で触れる衣食住の「衣」なわけですね。 

和の衣のカルチャー

・鎖国だけどゆるくて、海外と全然交流してたし、着物と洋服のMIXの着こなしが普通にあった。 オランダや中国からの輸入品が流通していて、これらも人気品だったため、パチモンが国内で作られていました。
 そして江戸っ子は着物を着ましたが、「着物」というジャンルにあんまりこだわりはないかもしれないとのこと。

 「日本が開国してからというものの、早々と洋装に切り替えがなされたので、動機としては着物しかなかったという消極的理由からとみなすのが正しいかもしれない。」と参考資料には書いてありました。

 そう考えるとどこか悲しいけど、現代の私たちの着物に対する距離の遠さを考えると、そうやって変化する方が自然なのかもしれないとも思います。しかし、着物をよりよく使うという点では、着物文化をリスペクトしていると感じます。

 例えば、通人(江戸時代の意気=おしゃれな人)は、唐桟という織物を羽織にして着こなすことを好んでいました。
     
パチモンは川越で多くつくられたことから「川唐」と呼ばれていました。
     
唐桟は希少品で値が高く、年代物の方が高値が付いていました。まるで今の海外ブランドや、ヴィンテージのジーンズやドレスと同じみたいですね。
 

和の衣のカルチャー・レザーの羽織や、羽織のひもを平打ちにしてボタン掛けにするのも流行。メリヤス(現代の靴下っぽい風合いらしい)の手袋も用いられた。

 レザーについては高価かと思うが、冬の日常着だったみたいです。
 羽織、半天、打掛(女性用の着物の上に着る大きい着物。)袴、足袋まであらゆる衣服に革が用いられました。
 裏地に柄入りの布を使ったり、革を染めたものもあったとか。これらのなかなか想像できない組み合わせも、現代で再現したらすごく面白そうですね!

 ちなみにレザーの副産物として得られる牛肉について、仏教思想によって表向きは肉食禁止でしたが、養生薬という名目でみそ漬けやビーフジャーキーのような干し肉に加工されて、大名などのセレブに食べられていたみたいです。。


和の衣のカルチャー


・ファッション誌があった。
 最新流行の着物を集めた「雛形本」や、女性用化粧のハウツー本「都風俗化粧伝」、町娘のためのファッションバイブル「女重宝記」、江戸っ子のファッションやライフスタイルをストーリーを通して紹介するような「当世風俗通」など、様々な雑誌が流行ファッションを広める媒体でした。

 又、歌舞伎役者や遊女を描いた浮世絵や美人画も流行発信の手段にもなりました。かなりデフォルメして描かれるらしく、実際の服や装身具のサイズとちぐはぐだったみたいですが。笑

 そういった役割を持った浮世絵や美人画は、ファッションを際立たせるために人物の顔を整った、同じようなタッチで描いたという記録も残っているんだとか。
 現代のマネキンと、アニメーション作品が入り混じったような感じだなと思いました。




〈インターン生・リカイトウの感想〉
 ここまで江戸のファッションを知ってみて、”意外にもめちゃくちゃ自由だし、多様性に寛容!”だと感じました。

 鎖国していた江戸時代に、ここまで海外製のものが広く受け入れられていたり、着物中心の流行があったりと、ゆるく楽しくファッションを楽しんでいて、まず単純に楽しそうだな、と感じました。
 しかし、外国のものが一番というわけではなく、着物の着こなしに”粋””意気”という美意識を見出したり、そう考えると、なんとなくなイメージでいわれている「日本文化」「日本の伝統」って何なんだろう・・と思ってしまうのですが、
現在受け入れられている、”今ある日本文化”を外の文化を組み合わせて、”未来の日本文化”を作れるのではないか?と思います。
 
 そのためには、私たちが過去に作り上げてきた文化をさかのぼって研究し、リスペクトすることと、海外の文化を吸収し、いいと思ったものは取り入れたり、似た現象を探し出して楽しむこと、どっちもすごく大事なんだろうな!と考えています。
 江戸時代の人々が国内外どちらもリスペクトし、意気は意気だと楽しむ精神、めちゃくちゃかっこいいなと私は思います。From江戸 To令和、私たちの「伝統」観もどんどん変わっていくのであろうか?


引用サイト:東洋経済ONLINE「着物警察が若い女性を目の敵にする歴史事情 - 商品の「高級化路線」を狙った着物業界の功罪」




参考文献:「江戸ストリートファッション」遠藤雅弘著
     「江戸時代の流行と美意識 装いの文化史」谷田有史 村田孝子 共著
イラスト:リカイトウ
執筆者:リカイトウ

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